あるものこばみ

見える限りの遠くの向こう

2019-04-27

相変わらず隙あらば自分というものについてあれこれ考えてしまうんだけど、あと数ヶ月で29歳になることを思うとそろそろこの悪癖を本当に断ち切るべきだなと散歩をしながら反省した。各人それぞれ意見はあるだろうけど29年も生きてればもうほとんど人格は固定されているはずだし自分にとって未知の自己や解読不可能な内面は諦めてもいい頃合いだと思う。それよりはもっと外に向かって広がりのあることについて脳や目や手を動かそう、とか決意じみた宣言をしたところでどうせ俺はまたそのうち自分というものをこねくり回すだろう。自分のことが大好きだと金も手間もかからずにいつまでも暇を楽しめて安上がりである。ところで久し振りにした夜中の散歩はだらだらと歩いているうちに朝になった。どんどんと夜が短くなっていく。俺の季節が近づいている。

生温い夏の夜

 

まずはBill Evans TrioのWaltz for Debby、次にAldo Ciccoliniの手に依るErik SatieのGymnopédies 第1番、Glenn GouldKeith Jarrettを経てrei harakami のLiveでグラスの中のFour Rosesを飲み干し、ヘッドホンを外すと真暗の部屋に扇風機の静かな騒音。如何にも通俗な選曲。生温い夏の夜。少なくとも今夜は人の声を聞きたくない。

こんな風に俺は時々本当にどうしようもなく人間と相対することができなくなる。自分以外の人格に直接触れたくない。けれども心の底から人間を求める性質が骨の髄まで染み込んだ自我はそれを完遂することができない。そして人間が生み出した美しい上澄みだけを掬いとって味わおうとする。贅沢な折衷案だという自覚はある。だからバーボンはグラスにロックで一杯だけ。泥酔はしない。酩酊も避ける。ただその美味を味わうためだけの一杯。バーボンはね、値段の割に美味しいものが多いんだ。今の俺みたいな貧乏人にはちょうどいい。

土曜に観たユトリロはとても良かった。可愛い聖体拝受者。特別に特別さを強調されていただけあって本当に抗い難く美しい一枚。並ぶ絵の中を一周し、二周し、疲労を感じ、同行してくれた昔の恋人に軽く促されて帰路に就きかけるも、やっぱりどうしてもこの絵からは離れたくない。結局二十分か三十分か、とにかく長い時間をあっという間にずっと観ていた。帰り際、見兼ねた彼女が絵葉書を買ってくれた。光沢を伴ってしまったそれは当然だけど本来の魅力が損なわれていて、それでも本来の魅力を想起させるのに充分なきっかけとして働いてくれる。それくらいに俺は本物の本当に触れることができたはずだ。いつか縁があればまた観られるだろうそれを想像する。今度は一時間でも二時間でも。ユトリロ。白の時代。可愛い聖体拝受者。淡い水色と美しい白だけで世界を閉じ込めた一枚。

何にどう触れたとしてもいつも思うことだ。

俺は芸術を解せない。ただ敬意を払うだけ。

絵でも音でも小説でも落語でも何でもいい。本当になんでも。経済活動でも学術研究だっていいんだ。とにかくありとあらゆる研ぎ澄まされてそこに在る様々を、俺は俺の中で解体して咀嚼して昇華することがどうしてもできない。俺はただ敬意を払うことしかできない。なのにそれを表すための金銭もなければ語彙もない。本当のろくでなしだ。そしてそれを確認した俺はまたしても生きるために必要なものを考えようとしてしまう。吊られたロープ、マンションの10階、単純な刃物、躁転、それの志向するものの方向と増幅の制御。やっぱり双極性障害は厄介な病気だ。楽しくて仕方がない。それはそれとしてそろそろ一つ言っておきたいんだけど、iPhoneでまとまった文字数を書くのはこれで三度目のはずで、やっぱり面倒臭いし書きにくい。誰か文章を書くためだけの安いノートPCなんかがあったらくれよ。ダメか?酒も飲ませてほしい。Maker's Mark。電氣ブラン。それだけじゃない。俺は遠出を欲している。金の工面さえしてくれれば俺は大体どこにでも行ってあなたの好意に甘えて飯と酒を楽しむだろう。俺の代わりに俺で浪費してくれ。気が向いたら俺に性的逸脱をさせてくれ。せっかくの躁転が勿体無い。こんな風に人を拒絶したり挑発したりするしかない不機嫌が増幅された躁転は不愉快でしかない。誰か俺を助けてくれ。それが素直な気持ちなんだけど、この病気に於いて「素直な」という形容詞の持つ意味合いはどこまで変容してしまっているんだろうか。まだわからない。俺は別にそれがわからなくてもいい。十中八九躁に入った脳はそう判断する。殴りすぎた内腿が青く内出血を起こしている。

少なくとも俺は社会的に死んでいる。おかげでいま肉体も精神も自覚的に閉じ込めることができる。その状態を素直に受け止めることは複雑な感情を渦巻かせるけど、不用意に人を傷付けることがないと考えれば幸運なことなんだろう。「ポジティブ・シンキング」とやらが人間には必要なんだ。前向きに前向きに。どうせ前に進めば進むほど死に近付くのは間違いないんだけど、後ろに下がるとあっけなくすぐに死ぬだけだし、それはまあ、つまらないんじゃないかしら。

こんな時間になっても未だ夜は夏で生温い。バーボンはね、本当に、値段の割に美味しいものが多い。扇風機だけが命を繋ぐ静かで耳障りな夜、マイスリーロヒプノールに導かれて睡眠にまさにいま落ちようとしているところ。

僕は本当にみんなが大好きだし、その中でもやっぱり特別に扱いたい関係というものもあるし、だから心が揺れてしまうこともあるね。

これから僕は少しのあいだそういうところから離れて日々を過ごしたい。ゆるしてほしい。

おやすみなさい。さようなら。

 

なんとなくゆるしてしまう

 

 

ようやく甥と姪の顔を見ることができた。

 


正確に言うと従甥、従姪というらしいが、そんな面倒くさい言い方はしなくていいだろう。

僕には三人の従兄弟が居て、上から姉、兄、兄。兄二人は兄弟だ。

一番上の姉とは一回り、一番下の兄とも確か7つか8つは離れていて、だから小さい頃から随分とかわいがってもらっていた。

そしてある時から兄二人とは疎遠になってしまった。それが冒頭の一文につながる。

 


疎遠になった原因は僕が叔母を憎むようになった原因でもあり、それは伯母と叔母の対立が決定的になった原因でもあった。

詳細はどうでもよくて、ただそういう事実があって、それぞれに言い分があって立場があった。

つまりそういうことだ。

叔母の息子たちである兄二人とは、僕が叔母を憎むようになって、だから避けるようになったことで疎遠になった。

 


それからもう随分の時間が経った。

偶然、久し振りに叔母と顔を合わせた。

なんとなくゆるしてしまった。

こういうことがやっぱりあるんだなと思った。

 


つい先日にも似たような出来事があって、これも(より積極的な理由で)仔細は語らないが、その再会は三年振りだった。

再会それ自体は「なんとなく」の産物ではなかったけど、そのきっかけになった自分の心変わりは全く「なんとなく」だった。

なんとなく、いつのまにか、心の区切りがついていた。

 

牧山██ on Twitter: "精神的に決着を付けたいと強く思っていることがひとつあるんだけど、決着を付けたいという意志を持つうちは決着が付かないということがわかり始めた"

 

牧山██ on Twitter: "意志が達成を阻害する構造になっている"

 

牧山██ on Twitter: "時間が解決してくれるというのは、意志や行動それ自体が完結を阻害する物語に残された唯一の救済措置で、断絶を横たわらせて未完の形で納得させるという意味なのだろう"

 

 

我ながら慧眼だと思う。

要はこういう感じで無自覚に精一杯時間の力を借りることで、なんとなく心変わりができたし、なんとなくゆるしゆるされることができたのだろう。

僕はこれをたいへんによかったと思う。

 


そういうわけで、叔母から兄二人それぞれの子供を見せてもらった。

どちらもとてもかわいい。

姉のところの子供も合わせて、僕には甥が二人と姪が二人いる。

早くお年玉をあげられるようになりたい。

 


ひとはなんとなくひとをゆるせるということ。

なんとなく全部ひらがなで書きたくなる一文ですね。(了)

あらゆる花が手向けられ、むせるような香りとともに

 

わたしは、橋の上から全てを見下ろしていました。
おそらくあれはこの世の全てでした。
何故って、いまでもそうとしか思えないからです。

ビルの群れ、ガードレール、極彩色、空、木々、誹謗中傷、虎、雷鳴、峡谷、室外機。
あらゆるものが平面に展開されていて、わたしはそれを一度に見ることができました。
帰ってこれたのは多分、偶然なんだと思います。
橋の終わりには猫が居ました。始まりには花が手向けられていました。
花はガーベラでした。彩り豊かなガーベラの花束でした。
わたしは確固たる意志で始まりに向かいました。
何故って、わたしがガーベラに一方ならぬ愛着を持っているのはあなたもご存知のはずです。
猫は寂しそうに鳴いていました。何度振り返ろうと思ったことか。
しかし、それは禁忌です。
意志が固められたならば、それは成し遂げられるべきなのです。
真っ直ぐに花束に向かっていくと、どこからか蝋梅の香りがしました。
わたしは全く突然にわたしの正しさを知ることになりました。
花束を手に取ると、もはや谷底はこの世の全てではなくなっていました。
ゆっくりと歩きました。一定の歩幅で、一定のリズムで。
今度はわたしが花を手向ける番です。
この小さな石の塊にあなたが囚われてから幾年が経ったでしょう。
あなたのことです、ようやく彼岸に慣れたころでしょう。
此岸はすっかり変わってしまいました。
間違えることを恐れる人が増えて、わたしもいまやその一人です。
あなたはきっと幻滅するでしょう。
わたしも認めたくはありませんでした。だから手を尽くして、そして諦めました。
ほろびたまぼろしを取り戻すことは、とても難しいものでした。
まぼろし。ほろびたまぼろし。
まぼろしについて考えるとき、わたしはいつもあなたのことを思い出します。
あなたはいったいどういう存在だったのでしょうね。
みながあなたを惜しみ、葬列はどこまでも続いていました。
あらゆる花が手向けられ、むせるような香りとともにあなたは眠りましたね。
わたしはいまになって思うのです。
あなたこそがほんとうのまぼろしだったのかもしれない、と。
わたしは、わたしは。まぼろし。ほろびたまぼろし。
わたしは、あなたの存在を確信することができなくなってしまいました。
けれども、あなたの不在を承認することも未だにできません。
もしも初めからあなたが存在しなかったのだとしたら、この石の冷たさも誰にも届かないのでしょうか。
不在が存在を裏付けるはずでした。
わたしはずっとそう思っていましたし、いまでもそう信じようと努めています。
それは、もう、信仰の様相を呈しています。
信仰。
いっそ信仰にまで昇華してしまえれば。もしかするとあなたは。
不在、存在、信仰、ガーベラ、猫、葬列、花束、まぼろし、彼岸、此岸。

わたしは、石の冷たさとかたちを記憶から消しました。
おそらくあなたはこの世の全てでした。
何故って、いまではそうとしか思えないからです。

 

星空の贋作と可視化する石柱

 

編み出したというか、結果的にそうなっただけなんだけど、名付けるならば「有終の美」禁煙法はとても効果的であることをお伝えする必要があるので少しお時間をいただきます。

昨日は本当に本当にものすごく心の底から煙草が吸いたくて堪らなくて堪らなくて目の前のセブンスターを一本頂こうかと何度も葛藤がありましたが、「Golden Batの両切りが最後の一本」というログを絶対に上書きしたくないと思うとなんとか我慢できました。自分でも驚いた。

最後にはやはり愛が勝つのです。

平凡な綺麗事にこそ真理が宿っています。

殺す。

 

たとえばこの文章が延々と改行なしの一行で書かれたとして、それをバカ正直に水平方向にとても長い一枚紙として印刷するとしたら、それを読む人に対しての最初の挨拶は「少し時間をいただきます」ではなくて「少し時間と距離をいただきます」になるのだろうか。

延々と歩くことによって果てしなく中身のない文章を読む体験。

神戸あたりでやったら山で始まって海で終わらせられるかもしれないし、それは少し良い思いつきかもしれない。

 

今日は午前中に散歩しました。

プラネタリウムのことを考えていた。

そんなに回数は言ったことないし、本当に星座なんて全く知らないんだけど、プラネタリウムのことはたまに考える。

動物園でカバを眺めるのと同じ感覚でプラネタリウムについて考える時があります。

今日が久々のそれでした。

プラネタリウム好きなんですよ。

天体に興味もなけりゃ観に行くのも面倒臭いと思うんだけど、好きなんです。

その存在に勝手に安心感を覚える。

僕の中でどこまでいっても偽物でしかない存在の代表格がプラネタリウムです。

社会というのは茶番の集大成ですね。

つまりイデアが咽び泣くような出来損ないの贋作が贋作のくせに自分こそが本物だとでも言うような顔で自由に溢れているわけです。

絶対に殺す。と思うことしきりですが、それで上手に回っている側面は無視しちゃダメですね。

個人的な感想ですが、たとえば祈りなんかは茶番の中でも好もしいですしね。

けど理屈が幾らわかっても折り合いのつかなさは積み上がっていって、けれど賽の河原ですらない世知辛い世界には崩してくれる鬼が居ない。

すなわち自分で解体作業をします。

それがプラネタリウムについて考えることです。

美しく壮大で緻密な偽物。

贋作であることに価値があります。

安心しましょう。

最初にプラネタリウムを思いついた人間は間違いなく発狂していました、断言ができます。

その人間にも思いを馳せましょう。

そして安心しましょう。

偽物でも良いのです。

偽物だから良いのです。

そういうものがちゃんとこの世界にもあるんです。

安心できましたか?

 

プラネタリウムのことを考えながら歩いていたら墓参りに巻き込まれました。

散歩がてら寺でも覗くかーと歩いて、人の流れに歩みを任せてみたら見事に墓参りに巻き込まれた。

線香の香りとともに、連綿と続く血縁が可視化されています。

あの四角い石柱はそのための装置なのかもしれない。

まだ幼い子供が訳も分からずに手を合わせているのをぼんやりと眺める。

自分の知る限りここには私が手を合わせるべき人は誰一人眠っていないし、あるいはだからこそランダムな選択を経てどこかの墓石に手を合わせるべきなのかもしれない。

心なしか蝉の声は控えめで、その代わりに子供の声がよく響く。

緑は好きなだけ色を強めて、日差しは強すぎてむしろ笑えて、気休め程度のそよ風が結局頼もしい。

 

十年生存率というものがあって、だから父は本当になんでもないように、買い物を手伝わせるついでに気軽に遺言を放り投げた。

予想通りに予想してなかったタイミングで渡されたそれは予想通りに予想以上の重みで私の心に刻み込まれた。

延命も葬式も墓石も要らない。

言葉にすれば一行で済むし、事実父は一言で伝え終えて、私も「わかった」の一言で終わらせた。

おそらくは祖父と父のあいだにも似たようなやり取りがあったのであろう。

わたしが生まれる前に死んだ祖父。

仏壇はあるけれど墓石はない。

おそらくは。おそらくではあるが。

 

可視化できない血縁はほとんど呪いに近くて、そういうことが容易にわかります。

 

そういうことを考えました。

今日はたくさん歩きました。

 

はじめる前からサブカルくずれ

 

禁煙。
気付いたら煙草を辞めて丸々一ヶ月が経った。
まだニコチンパッチのお世話にはなってるけど、紫煙を燻らすことからは遠ざかって久しい。
旅行先で誘われてシガーバーに入ったときすら我慢した。
マッカラン10年の味なんて全くわからなかったけど、葉巻の煙は副流煙なのに甘かった。
なにせもう煙草は辞めた。
Golden Batにフィルターがついて、あの愛すべき安煙草の歴史は一旦終わって、それを機会に僕の喫煙生活も終わった。
クールスモーキングしたときのあのふくよかな甘さ、鼻から抜けていくラムのフレーバー。
財布に優しく健康に悪く、何より臭いが最悪だった最高の愛しい煙草。
いま僕は電気ブランを飲みながらこの文章を書いているんだけど、電気ブランを飲みながらのGolden Batが如何に素晴らしかったかってことを書き始めると多分寝落ちするまで続くからここではやめておこう。
なんだか自分一人だけ大正時代のモダンボーイになったような気分がするから好きだったっていうのは否定できないし、そういうことを好むから「サブカルくずれ」と罵られることになるのだろう。

双極性障害
まだそれと断定されたわけではない。
それを一番に疑いつつ、とりあえずは抑うつ状態をどうにかしようってんでお薬が処方されている。
本当に躁鬱なら抗鬱剤打ったらさえガンギマるからヤバいはずなんだけど、っていうか既にガンギマったんだけど、お薬止めたらダウナー極まってどうしようもなくなっちまうからとりあえずまだアッパーなお薬を入れている。
けど上がり過ぎると怖いからね、下げる薬も入れとこうね。
なんだかギリギリのバランスらしい。
本当ならば気分安定薬だけでどうにかするべきだし、先生としてもそうしたいらしいんだけど、どうもオレの調子がまだよくわからんそうだ。
オレもよくわからんからな。
ガンギマった躁状態でパーリーピーポー目前かと思ったら指先を動かすのがやっとなくらいのヘヴィな鬱が来て無断欠勤一週間超、お盆を前に無事にクビだ。
とりあえず祖父に手を合わせに実家には帰ろうと思うんだけど、帰ってくるであろう祖父に合わせる顔はない。
仏壇に「クビになりました」って報告するの嫌だなぁ。
それ以前に親に報告するのも嫌だなぁ。
友達とかにはむしろ積極的に言っていきたいんだけどなぁ。
そういうわけで今んとこはまだただのメンヘラで、相変わらずの無職だ。
早く手帳が欲しい。年金もおくれ。
同居人に言われて膝を打ったのは、「人として機能してないんだから人としての義理とか言うな」って台詞で、ありがとう。
俺が記憶を捏造もしくは意図を曲解していなければ、おかげさまでとても楽になった。
人として機能してないんだ、マジで。福祉の網に引っ掛けて。

それにしても、己を病気で規定してはいけないけれど、病気の側は容赦なく己を規定しにかかってくることですよ。
失踪を考えたときにさー、「でも×日までに帰らないとお薬が」って思った己よ。
もしかしたら今まではなろうと思えば全くの別人になれたのかもしれないけれど、この病気が発覚したことで、すくなくとも双極性障害という檻からは逃れられないのだなぁと思うと、あぁ、とうとう明確な不自由が私を包んだ、と思った。
夕焼けだったし、無風だった。蝉の声は、実は聞こえていた。

で、無職。
やっぱり超しっくり来る。天職。
今日の散歩のテーマは「観光客気分」だったんだけど、一円も使わずにひとりぼっちで超楽しめてしまった。
オレは旅先ではいつも観光名所はむしろ避け気味に路地とか地元のスーパーとかばっか攻めるから、結果的に今日の散歩は徹頭徹尾ただの散歩だった。
心の底から生きているという実感があったし、なんで自殺とか失踪とかしようとしてたのかわっかんねえと思うくらい前向きになれた。
無職が確定した瞬間にこの心の変わりようっていうのは自分でも結構驚いていて、我ながらよっぽど日本社会の労働者向いてないんだねぇと憐憫の情を禁じ得ない。
でももうそれは仕方ない。
生まれついたのか育っちまったのかどっちなのかどっちもなのかそんなんはどうでもよくて、いま、ナウ、自分はそういう人間であるという事実。
失踪しようと手にとったパンフレットが「関西1DAYパス」だし、自殺どころかリスカも怖くてできないし、かと言って真っ当にこの日本社会にみんなとおんなじように参加はできないんだ。
知るかって感じだ。いや、ホント。
なんかね、最近ようやく改めてわかってきたんだけどね、価値を決めるのは決してお前らじゃねえよ。

価値の話をしようか。
資本主義経済の下の話は好きにしてくれていいけどさ、たとえば僕が仮にそこから半身抜けたらもうやっぱり価値を決めるのは俺だよ。
詩とか、音楽とか、物語とか、絵とか、関係性とか、美味しい珈琲とか、金魚鉢とか、竹箒とか、そういうものの価値を決めるのは市場原理じゃないよ。
この言葉は完全にパクりだけど、「恥を知れ。貧富の問題じゃない。敬意の問題だ。」の一行でわかる人はようこそ、わからない人はまた話を聞かせてほしい。
お金はとても便利であればあるだけいいし、俺もできるだけ欲しいし、そのためなら割と恥知らずなこともできる自負があるけど、けど、どこまで行っても金は金でしかないんだよ。

価値の表現の話がしたいんだ。わかってくれ。
価値を感じてそれを表現するときに選択肢のひとつとして金銭があることは否定しないが、金銭が唯一絶対の選択肢であることは絶対に否定しなければならないってことを、どうかわかってください。
そして、その上で、価値を感じたものには適正な金銭を支払ってください。
それができないような連中を資本主義の豚って言うんだって。知ってた?
そもそも価値を感じる能力自体が減衰しているような豚未満もチラホラと目に入ってしまう季節だ。
自分が何を欲望しているのかすらわからなくなってしまっている人たちはもう人じゃなくなってしまいかけている。
そんな人かどうかわからないものに人として機能しなくなりつつある僕ができることが何かあるだろうかと考えているよ。
本当だよ。

そういうわけで価値の話をした。
だから、価値を決めるのは俺だ。
俺が創ったものの価値は俺が決める。
我ながら今回は結構良い文章が書けていると思っている。
俺が良いと思ったものはこれからはどんどん出していくし、それは文章であり音楽であり映像であり絵でありなんでもありだ。
もう気後れしないんだ。
どう見られたって構わないってことと、人の目を気にしないってことは実は違うんだ。
前者は既に絶対的な価値を内包していて、後者は実は徹底的に価値を委ねる姿勢を取っている。
俺はずっと人の目を気にしない練習ばっかりしていたけど、それよりはどう見られたって構わないって決め込むことのほうが簡単だった。
四半世紀もかかっちまった。
けど大丈夫。これからだ。
もう俺は絶対に自由になれないという意味で素晴らしく自由なんだ。

そう、見ててご覧。
はじめる前からサブカルくずれだ、自由くらい完璧に履き違えてみせる。

 

やわらかい水色

 

今日も床は水浸しだ。

もともと水はけなんて考えてつくられてないんだから仕方ないってベテランの人たちは言うけど、仕方ないで済ませていいものじゃないと思う。
水の抵抗っていうのは思ったよりも大きくて、少し歩くだけでとても疲れるし、何より長靴をずっと履いていると足が蒸れてうんざりする。
でも今日は少し気分がいい。
何を隠そう今日の長靴は下ろしたてなのだ。
やわらかい水色。
色味のない作業服と合わせるとそりゃアンバランスだけど、職場、それも工場でトータルコーディネートなんて気にするだけ無駄だからよいのだ。

やわらかい水色。
わたしが一番好きだった空の色。
おねえちゃんがいつも歌ってくれた空の色。

ちょうどわたしの十四歳の誕生日に、世界から空がなくなった。
というのはもちろん比喩で、外に出て上を見ればそこはやっぱり空なんだけど、とにかく人類が空を失ったって発表があった。
いろんな国のその時の一番偉い人が同じ場所に集まって、とても悲しそうな顔で演説をしている様子が全世界で同時に放送された。
真夜中でもう寝ちゃってたからリアルタイムでは見なかったけど、その後ずいぶんと長いことどのチャンネルもその映像を繰り返し流したから、普段ニュースを見ないわたしでもうんざりするほど目にすることになった。
その時のわたしは今よりももっとぼんやりしていたから難しい説明はよくわからなかったし、学校で先生がひとりごとのように零した言葉の意味もいまいちピンと来なかった。
実は今でもよくわかっていない。
ただ、わたしが好きだったあの空の色はもう見られないんだ、ってことだけがわかって、少し悲しくって、でも涙は流れなかった。

それから四年とちょっとが経って、わたしは学校の推薦で近所の工場に就職した。
空がなくなっても人間の生活はそんなに変わらなかった。
相変わらず働いたり勉強したりしながらご飯を食べて眠っている。
わたしは高校で優等生とは言わないまでも問題児でもなかったので、すんなりと就職先が決まった。
もともとは機械の小さな部品をつくっていたらしいけど、空がなくなった少しあとからは雪をつくっているらしい。
らしい、という言い方になるのは、わたしが実際にここで雪を見たことがないからだ。
なんで雪をつくっているのかっていう理由も知らない。
興味がないと言えば嘘になるんだけど、なんとなく聞きにくい空気があったし、そもそもそういうことは最初に向こうから説明されるものだと思っていたからタイミングを逃したって理由も大きい。

とにかくわたしは雪をつくる工場で働いている。
もう半年になる。もうすぐで誕生日だ。十九歳。

次が十代最後の一年だと思うと少し真面目な気持ちになることもあるんだけど、あんまり実感が湧かなくてその真面目が続かない。
この調子でどんどん大人になっていくのかな、なんて考えながら今日もぼんやりと機械をいじっている。
半年も毎日同じことをしていると大体のことは頭をからっぽにしていてもこなせるようになる。
かと言って油断し過ぎると失敗して叱られるから、そこらへんのさじ加減が重要なのだ。
みんなそうだろうけど、叱られるのは嫌なものだ。
この職場はみんな良い人ばっかりだから、怒鳴られたり嫌味を言われたりするわけじゃないんだけど、いや、だからこそか、叱られるとかなりへこむ。
どうもわたしはわかりやすい人間らしく、へこんでいると周りのひとがとても気を使ってくれて、ますます申し訳なくなってしまう。
けど、そういうときにとなりのラインのおじさんがこっそりとくれるあめ玉は結構好きだ。
基本的に職場内での飲食は禁止なんだけど、この時だけはみんな見てみぬふりをしてくれる。
透き通った深い緑の色をしていて、口に入れるとほんのりと甘くて、そしてこれが一番大事なんだけど、とても素敵なお茶の香りが広がる。
紅茶ではないのだ。緑茶なのだ。
ギリギリとはいえ十代の女の子の好みとしては渋すぎるかなって我ながら思わないでもないけど、わたしはこのあめ玉が大好きだった。

色も、甘さも、香りも。みんなの見てみぬふりも。
全部やさしさだ。ちょっとだけルールを破ったやさしさ。

押し付けじゃないから甘さもちょうどいいのかもしれない。
わたしの思ういちばん良いやさしさをそのままかたちにしたみたいなあめ玉だと思う。
どこで売っているのか聞こうと思ったことは何度もあったけど、自分で買っちゃったらなんだかいろんなものが損なわれる気がして、未だに聞かないでいる。
そういうことは多分、たくさんある。

もう今となっては昔の話だけど、雪が空から降ってくるものだったころ、その結晶に同じかたちは二つとしてなかったらしい。
難しいことはやっぱりよくわからないけど、どうも、雪のもとになる氷のつぶがわたしたちのいる地上まで降りてくるときの条件が大事だそうだ。
その条件によって結晶のかたちが決まるんだけど、自然界では全く同じ条件なんて存在しないから、結果的に雪の結晶はどれもみんな違うかたちになるんだとか。
なんでこんな話をするかっていうと、わたしが担当しているラインがその結晶のかたちを決めるところだからだ。
かと言って、なにか図面みたいなものを渡されてそれを正確に再現する、みたいな作業ではない。
というか、それはとても難しいからできないと教えられた。
じゃあ何をするかっていうと、実は自分でも何をしているのかわかっていない。
渡されたよくわかんない紙に書かれたよくわかんない条件を教えられたとおりに機械に入力するだけ。
それだけ。
この作業にどんな意味があるのかなんて全くわからない。
入ったばかりの頃は誰かに質問してみようと思ったこともあったけど、そういうことを聞くのはなんだか失礼な気がしたし、多分だけど誰に聞いても答えなんて帰ってこない気もしたから、わからないままでいる。
というか、もしかしたらここで働いている人たちはみんなわたしと同じなんじゃないだろうかと思う。

だってそもそも、ここでつくられた雪はどこにもいかない。
どのラインでつくられた雪もみんな最後にはひとつのラインに集められて、そこを出たら溶けてしまう。

だからいつだってこの工場の床は水浸しだ。

さっきわたしはここで雪を見たことがないって言ったけど、これも正確にいうとわたしだけじゃなくてこの職場に居るみんなが同じだと思う。
温度管理だかなんだかで作業ラインは全部機械で覆われていて、雪は全部ずっとその機械の中を通っていくから、見ようと思っても見ることはできない。
わたしたちが見るのは溶けて消えてしまった雪の成れの果てだけ。
足元に溜まって歩くことを邪魔するこの水の高さだけがわたしたちが見ることのできるわたしたちの仕事の成果だ。
多分どこもこんな感じなんだろうなって思ってるんだけど、他の仕事をしたことがないからなんとも言えない。どうなんだろう。

もうなんとなく伝わってるだろうけど、だいたいわたしはずっとこんな感じでぼんやりしている。
自分のことも自分以外のことも、いろんなことをぼんやりさせたまま相変わらず働いたり遊んだりしながらご飯を食べて眠っていた。
気がつけばいつの間にか働き始めてから一年とちょっとが過ぎていて、もうすぐ十代が終わってしまうって焦り始めた頃に、突然天井が水色になった。
色彩による効果で集中力を高めるためとかなんとか、偉い人が朝礼で言っていた。
本当にそんな効果があるのかどうかわからないとみんなは言っていたし、わたしもそう思うけど、正直に言うと少し嬉しかった。
わたしが好きなあの色とは少し違うけれど、色合いが近いってだけで充分に好ましいものだ。
そういうものでしょ?

それに、下を見ると水色が水面に反射して、少し空に見えなくもない。
もうなくなってしまったあのなつかしいやわらかい水色。
そっくりそのままってわけじゃないし、偽ものと言ってしまえばそれまでだけど。
だけど、わたしたちは少しだけ取り戻したのだ。

あしもとに、空を。

おねえちゃんがいつも歌ってくれた曲の名前だ。

 

自転車を修理した話

 

正確には自転車の修理を待っている話。

 

昔のblogを漁ってみると、2009年の1月上旬に近所のホームセンターで今の自転車を買っていた。

特売品で9800円。

一切の修飾を排し「乗れればいい」を体現した無骨な自転車だ。

先代の自転車が高校入学時に買ってもらった12800円のもので、LEDオートライトやあれやこれやとにかく色んなセールスポイントがあるもので、そして呪われていた。

2年の間にパンクだけで10回以上、タイヤまるごと交換が3回ほど、それ以外の故障が5回ほど。

修理費だけで3万円以上は掛かったはずだ。

それに引き換え9800円の当代は約5年半の間、一度も修理に出していない。

今朝、後輪のパンクを発見したとき、とうとう来るべき時が来たか、と思った。

 

1万円で買った自転車が5年半もったんだから儲け物だ、潔く買い換えよう、と最初は思っていた。

父の車で自転車屋に行き、それなりに安くてそれなりに便利そうなものを探したら、大体2万円ほどで求める水準のものがあった。

これにしようかな、と決めかけた時に、なんか嫌だな、と思った。

 

高校を卒業して予備校生とは名ばかりのロクデナシになり、そのまま一年が過ぎて宅浪という名のニートになったその境目、一浪と二浪、ロクデナシとヒトデナシの境目の春に、自転車で京都に行った。

不合格発表を過ぎて数日、後期試験の出願もしていなかった僕は暇を持て余し、たばこを買いに行くついでに京都に行った。

財布の中にはタバコ代のあまりの10円、携帯の充電器なし、着替えなし、着の身着のまま雨の中自転車を走らせた。

財布の中身がそのまま全財産だった当時の僕は、本当に10円玉一枚で往復300kmを走破した。

本当に今考えても何がしたかったのか全くわからないし、今振り返ることができる幸運に感謝するばかりだ。

友人の好意がなければ死んでいてもおかしくない。

で、その時に乗っていた自転車が、今の自転車。

 

合理的に考えれば買い換えるべきなんだろうけど、なんか嫌だな、と思ったので悪あがきをすることにした。

一旦帰宅して自転車を押して再訪。

「すみません、修理をお願いしたいんですが」

「はい、どこの修理でしょうか」

「メインは後輪のパンクなんですけど、多分ほとんど全部です」

「はい?」

 

パンクをきっかけに改めて自転車を見直すと、もうほとんど動く粗大ごみだった。

ライトは全くつかないし、ブレーキは全然効かないしうるさいし、なんかペダルはカタカタ言うし、ベルは鳴らないし、カギは閉まりにくいし、後輪はもうツルツルだし、全体的に薄汚い。

ライトは流石に警察が怖いので外付けの安物を取り付けていたが、ブレーキは己の靴の底を犠牲にすることで対処していた。

おかげでスニーカーの底もツルツルになった。

その他の不具合は全部「気のせい」だと思ってやり過ごしていた。

「自転車ってこんなもんだよね、乗れてるし、乗れればいいし」と自己暗示をかけて日々を生き抜いてきた。

だがもう現実を見つめなければいけない時が来た。

これは動く粗大ごみだ。

おいくらくらいになるでしょうか。

「そうですね・・・・・・大体ざっと見積もって1万4000円でしょうか」

絶対に買い替えた方が賢い。

 

けれども一度芽生えた愛着というのは厄介なもので、店員さんが見守る中ああでもないこうでもないと迷ってしまう。

一度こいつと京都まで行ったからか妙な愛着があるんですよね、と優柔不断に対する言い訳のつもりで店員さんに漏らしたら、店員さんが途端に嬉しそうになった。

「僕もホームセンターで8000円で買った自転車にまだ乗ってるんですよ」

「10年くらいかな・・・・・・2台あるうちの1台なんですけどね」

「なんていうかね、乗りやすいんですよね」

 

先述の通り先代の自転車が呪われていたおかげで、高校生の頃は自転車屋にしょっちゅう顔を出していた。

いつどこで壊れるかは自転車の気分次第なので割と色んな自転車屋に立ち寄った。

もともと手先が不器用な僕はいわゆる手仕事というものに憧れがあったのだが、その憧れが強まったのは間違いなくこの望んでもない自転車屋通いのせいだ。

今まで僕が話をした自転車屋は、程度の差はあれ「自転車が好きなんですよ」と言葉以外の全てで伝えてきた。

自分の技術を自分の好きなものに注ぎ込む人たちをとても羨ましく思ったのを覚えている。

そしてこの店員も完全にそのタイプだ。

なんなら今までで一番だ。

愛着というワードを出した瞬間に明らかにテンションが変わった。

 

自転車屋の言うことではないですが、と前置きをした上で、

「オススメはしないですが、最悪ココとココに絞れば命と法律はギリギリで守れてこれくらいのお値段になります、残りの部分はダメになったその時にその度に直すという方法もあります」

「ぶっちゃけこの自転車もう寿命ですかね?」

「乗り物なのでパーツが劣化していくのは避けられませんが、修理や調整を重ねればまだまだ何年でも乗れますよ」

「修理が大体1万4000円ですよね、で、2万円であの自転車買えるんですよね・・・・・・」

「そうですね・・・・・・買い換えるという手もありますが・・・・・・愛着があるとおっしゃってましたし、実際乗り心地とかの相性って自転車にもありますからね」

 

この店員、自転車を売る気がない。

なんというか、俺よりも先に店員が自転車を修理する気になっている。

商売としてどうなんだ。

おもしろいので修理を頼もうと思った。

「悪いところ全部お願いします」

 

名前と電話番号を残して店を出た。

あまりの熱意に僕は代車を借りるのをすっかり忘れていたし、店員もまたあまりのやる気に代車のことなんて忘れていたのだろう。

6月上旬とは思えない暑さの中を歩いて帰った。

 

正直な話、賢いお金の使い方ではないと思う。

どう考えても買い換えるべきだ。

けど、なんとなく嫌だ、という自分の感情と、往復300kmのちょっとした想い出と、あの店員さんの妙なやる気に1万4000円を払う、と思うと、後悔するどころか少し楽しい気分になる。

お金は欲求や損得よりも感情に素直に使うべきなのかもしれない。

 

「大体の見積が出ました、先ほどとそんなに変わりません」

「愛着があるとおっしゃっていたので、これから先もしっかり乗れるように修理させていただきます」

「19時以降にはお渡しできるようにしますので」

家に着くと同時くらいに電話がかかってきた。

なんかもう僕よりも店員さんのほうがあの自転車に愛着を持っているんじゃないかと思えてくる。

せっかくだから引き渡しの時にはメンテナンスの方法や長持ちさせるコツを聞こうと思う。

きっとたくさん教えてくれるだろう。

本当に動く粗大ごみになるまで乗り倒してやる。