冥王星を取り戻せ

見える限りの遠くの向こう

あらゆる花が手向けられ、むせるような香りとともに

 

わたしは、橋の上から全てを見下ろしていました。
おそらくあれはこの世の全てでした。
何故って、いまでもそうとしか思えないからです。

ビルの群れ、ガードレール、極彩色、空、木々、誹謗中傷、虎、雷鳴、峡谷、室外機。
あらゆるものが平面に展開されていて、わたしはそれを一度に見ることができました。
帰ってこれたのは多分、偶然なんだと思います。
橋の終わりには猫が居ました。始まりには花が手向けられていました。
花はガーベラでした。彩り豊かなガーベラの花束でした。
わたしは確固たる意志で始まりに向かいました。
何故って、わたしがガーベラに一方ならぬ愛着を持っているのはあなたもご存知のはずです。
猫は寂しそうに鳴いていました。何度振り返ろうと思ったことか。
しかし、それは禁忌です。
意志が固められたならば、それは成し遂げられるべきなのです。
真っ直ぐに花束に向かっていくと、どこからか蝋梅の香りがしました。
わたしは全く突然にわたしの正しさを知ることになりました。
花束を手に取ると、もはや谷底はこの世の全てではなくなっていました。
ゆっくりと歩きました。一定の歩幅で、一定のリズムで。
今度はわたしが花を手向ける番です。
この小さな石の塊にあなたが囚われてから幾年が経ったでしょう。
あなたのことです、ようやく彼岸に慣れたころでしょう。
此岸はすっかり変わってしまいました。
間違えることを恐れる人が増えて、わたしもいまやその一人です。
あなたはきっと幻滅するでしょう。
わたしも認めたくはありませんでした。だから手を尽くして、そして諦めました。
ほろびたまぼろしを取り戻すことは、とても難しいものでした。
まぼろし。ほろびたまぼろし。
まぼろしについて考えるとき、わたしはいつもあなたのことを思い出します。
あなたはいったいどういう存在だったのでしょうね。
みながあなたを惜しみ、葬列はどこまでも続いていました。
あらゆる花が手向けられ、むせるような香りとともにあなたは眠りましたね。
わたしはいまになって思うのです。
あなたこそがほんとうのまぼろしだったのかもしれない、と。
わたしは、わたしは。まぼろし。ほろびたまぼろし。
わたしは、あなたの存在を確信することができなくなってしまいました。
けれども、あなたの不在を承認することも未だにできません。
もしも初めからあなたが存在しなかったのだとしたら、この石の冷たさも誰にも届かないのでしょうか。
不在が存在を裏付けるはずでした。
わたしはずっとそう思っていましたし、いまでもそう信じようと努めています。
それは、もう、信仰の様相を呈しています。
信仰。
いっそ信仰にまで昇華してしまえれば。もしかするとあなたは。
不在、存在、信仰、ガーベラ、猫、葬列、花束、まぼろし、彼岸、此岸。

わたしは、石の冷たさとかたちを記憶から消しました。
おそらくあなたはこの世の全てでした。
何故って、いまではそうとしか思えないからです。