冥王星を取り戻せ

見える限りの遠くの向こう

騒音装置の犬に見る無限の寂しさ

 

近所に犬が居ます。
いわゆる(蔑称としての)馬鹿犬というやつで、それはもう笑えるくらい吠えます。
ていうか笑ってます。
どうしてもその吠え声をみなさんと共有したいので探しました。
見つけました。
吠え声の種類が非常に豊富でわかりやすいサイトです。
ここから引用させていただくこととします。
こういう引用には許可が必要だったでしょうか?

もしそうなら教えていただけると幸いです。


子犬のへや

www.koinuno-heya.com



閑話休題
騒音装置と化している犬に思うところは近隣各位絶対にあるはずですが、おそらくはご近所付き合いというやつでしょう。
下手に古くから形成されているコミュニティなものだから誰も何も言えないのだと思われます。
我が家は弾き語りをガンガンやっているので騒音問題に文句を言う権利がないし、基本的にはあまり気にしていません。
それでもあまりの吠え声に笑ってしまうことがあります。
そんな様子で同居人との話の種に吠え声を楽しむのんびりした暮らしを送っていました。
そこに変化が訪れたのがここ数日です。
諸事情により家から一歩も出ずに引きこもっていた間に、吠え声に対して強い怒りを抱くようになりました。
犬そのものに?
違います。そのご家庭そのものにです。

一例をあげると、その犬はこういう吠え声を延々と30分ほど続けます。

www.youtube.com



この吠え声は警戒音らしいですね。
それは大抵郵便配達や宅配があったときに始められて、本当に30分ほど続きます。
鳴き声の理由を知った僕は「どれだけ念入りな警戒だよ」と笑いました。

 


笑えなかったのが本題にして問題の次の吠え声です。

www.youtube.com



この犬、誇張じゃなくて朝5時から夜11時までずっとこの声で吠えっぱなしなんですよ。
おそらく寝ている時以外、実に18時間に及ぶ吠え声。
丸々数日間引きこもってその間ずっと吠え声を聞き続けてようやくその異様さに気付きました。
そして調べてみるとこの吠え声は寂しさを表している、と。
つまりこの犬は一日中寂しさを感じていて、しかもそれが毎日途切れることがない。
そういうわけですね。
感情移入です。みなさんはどうですか?

思い当たるところはありませんか?

では、何故その寂しさが形成されたのか。
これも端的に言えばしつけの問題なのでしょうが、その一言で済ませるのはあまりに淡白です。
不審にならない程度に自分で探れる範囲で何かわかることはないだろうか、と考えました。
あっけなく答えは見つかりました。

吠えっぱなし、と書きましたが、正確には時々吠え声が途切れることがあります。
僕は今までそれを散歩の時間だと思っていましたが、違いました。
もちろん散歩の時間という理由もあったのですが、それ以外の理由もあり、それがハッキリとわかりました。
犬やそのしつけに詳しい方ならとっくにわかっているのかもしれませんね。
その犬がその鳴き声を一定時間続ける度に、少しだけご家庭の方が相手をするんです。
数分だけ。たったの数分だけ、です。

調べてみた範囲ではこのやり方は最悪に近いようです。
(付け焼き刃なので間違っていたら申し訳無いです。)
おとなしくしていることで満たされることもなく、吠え続けることで満たされることもなく。
何をやっても満たされることがない状態に陥っているそうです。
感情移入ですね。みなさんはどうですか?

思い当たるところはありませんか?

寂しさを主張し続けてし続けて、疲れ果てた頃に気まぐれに寂しさを慰めてもらえて、だから寂しさを叫ぶことがやめられずに疲れ果てて。

自分でも他者でもいいですね。
思い当たるところはありませんか?
本当に?

真剣に向き合えないのに生命を預かろうとする姿勢に僕は本当に怒りを覚えました。
そのご家庭は老夫婦なのですが、老いが言い訳にはなりませんし、生命に対して無知は罪です。
僕は動物愛護には全く興味がありませんが、感情移入ですね。
怒りです。たとえばそれが人間だったとしても掃いて捨てるほどありますね。
怒りです。向き合えないならば軽々しくあるべきではないですね。そうでしょう?

古くて狭いコミュニティです。誰かがノイローゼで発狂でもしない限りあの犬が改めてしつけられることはないでしょう。
引っ越しの挨拶に際して「うるさくてごめんなさいね」とおっしゃた方々です、「犬はそういうもの」と思われているでしょう。
つまりあの犬は死ぬまで、つまり主観的には無限に、慰められない寂しさを主張し続けることになります。
生命はおもちゃなのでしょうか。あるいはおもちゃなのかもしれませんね。
思い当たるところはありませんか?

人間が騒音装置と化せないことは祝福なのか呪詛なのか。
思い当たるところがあったとして、人間は歯車が噛み合えばその寂しさを取り除くことができるみたいですよ。
慰めるか取り除くか、消極的でも積極的でも、あなたがそれを選択できることを祈っています。