冥王星を取り戻せ

見える限りの遠くの向こう

一面の白の日

 

大寒波、らしい。


昔から冬は苦手だ。
よく言われる「張り詰めた静けさ」という感覚はとてもわかるしそれは好きだけど、どうしても冬は心身の調子が悪くなる。
謎の長時間睡眠が頻発するのもこの時期で、一月に入ってからもう三回ほど時間を飛び越えている。
「冬季うつ」なんて言葉もあるくらいだし、寒さはそれ自体があまり心の働きに良くないのかもしれない。
とはいえ友人の一人は夏が来る度に調子が狂って冬になると落ち着くらしいのでやっぱり人それぞれなのだろう。 


日記というのはやはり、ある程度の情報量の中を生きていない人間には難しいものだ。
クリスマスからお正月までは情報量の嵐だったが、それを過ぎた今は特筆すべきことのない暮らしを送っている。
生身に浴びる情報がないと人間はどうしても現実から遊離していくらしい。

 
多分十年以上前の、同じように大寒波が襲った年。
その時の僕は確か中学三年生だった。
二学期の終業式の日だったと思う。
一面の白の日。 


高校受験に対して余裕の風を吹かしていた生意気な僕は同様の友人二人とグラウンドに積もった雪で盛大に遊んでいた。
雪に飛び込んだり、雪玉を投げ合ったり、雪だるまをつくったり、それを壊したり。
白い息を吐きながら部活動に精を出す後輩たちを横目に好き放題やった。
先生に叱られても無視をして遊び続け、遊び疲れたという理由でようやく解散。
多分その帰り道だったと思うんだけど、ここからの記憶があやふやだ。 


校門を出てすぐのところで小学五、六年生くらいの男の子二人が雪玉を転がしていた。
振り返るにテンションがおかしくなっていたのだろう、僕から話しかけたのは間違いない。
意気投合した僕と彼らはなにが楽しいのかゲラゲラ笑いながら街中を雪玉を転がしながら歩いた。
すると途中で気の良さそうなおばさんが話しかけてきた。
おそらくあのおばさんも珍しい大雪にテンションがおかしくなっていたのだろう。
僕らと一緒に雪玉を転がし始めた。
そうして謎の四人組は雪玉を転がしながら街中をうろつき、それはそれは立派な雪だるまをつくった。
あのときまだケータイを持っていなかったことが悔やまれる。
大きさはそれほどのものではなかったが、頭と身体の見事なバランス、その凛とした佇まい、どことなく漂う愛嬌。
それはおよそ雪だるまが雪だるまとして成立するための全ての要素を見事に調和させたものだった。
もちろん四人はその出来に大いに満足し、それぞれにそれぞれを称えた。

 
この記憶が果たして真実のものなのかどうかが今ひとつ自分でもわからない。
十中八九は本当にあった出来事なんだろうけど、あまりにファンシー過ぎる経験に対して自信が持てない。
僕は一面の白を見るたびにこのあやふやな記憶を思い出す。
生身で浴びたはずの情報ですら現実から遊離している。 


大寒波、らしい。
外に出てみると薄っすらと雪が積もっていた。