冥王星を取り戻せ

見える限りの遠くの向こう

全てのハッピーの中心

空虚。蒙昧。
頭の中に浮かぶ文字はどこかかっこつけた画数の多い漢字ばかりで、
夜中の静まり返った住宅街を適当に歩き続ける俺に晩冬の風は全く優しくない。
風に触れることができたならどうするだろう?
あるときは親しげに肩を組み、あるときは鼻っ柱をぶん殴り、
あるときは恋人のように手をつなぎ、あるときは泣きながら抱きしめる、と、思う。 

ところで、全てのハッピーの中心に君はいる。 

君が望むと望まざるとに関わらず君はそこにいる。
君の気分が世界の行く末に影響を与えることはないし、
君が誰にも知られないまま孤独に傷付く必要もない。
ただ君がいるだけでそこは全てのハッピーの中心になるし、
君がそれに耐えかねて逃れた先にまた全てのハッピーの中心ができる。
だから君は悲しい。
だから君はいつまでも悲しい。
どこまでもどこまでも君は放浪しなくちゃいけない。
本当はそんなことをする義理なんて君にはないのに、
君は普通の女の子よりちょっとだけ自己犠牲に抵抗のない良い子だから、
幸福の不平等を嫌ってどこまでも移ろおうとしてしまう。 

君はとても美しい。
モナリザとかミロのヴィーナスとか、実際に見たことはないけど、
多分そういう馬鹿みたいに長い時間を超えて美しいとされているものよりも君は美しい。
だからってわけじゃないけど俺は君のことが大好きで、そして幸いにも君も俺のことが大好きで、
でもずっと一緒には居られない。 

なぜなら君は全てのハッピーの中心にいる。
君は幸福の不平等を悲しんでしまう。 

君といつまでも一緒に居たいとそりゃもちろん思うんだけど、
それは俺ばかりがいつまでも無条件に幸福を享受するってことだし、
君はそれを気に病むし、
君が気に病む姿は俺を苛むし、
だから俺は俺で旅をしようと思った。 

本当に愛し合うものだけがいつまでも引き合うんだ。
それは運命なんかじゃなくて呪縛みたいなもんで、
俺はそれを信じることによってその呪いを最大限に強めようと思った。 

君は泣かなかった。とてもえらいと思う。 

本当のところ、愛し合うものがいつまでも二人で過ごして幸福であることの何が、
何が悪いんだってやっぱり悔しいし、だから今でも一人で泣きそうになりながら暴れる夜がある。
大抵そういう時は寒さをやり過ごすために強い酒を飲んでいて、次の朝には後悔している。
こんな惨めな俺があんなに美しい君と一緒にはなれないんじゃないかって、
そう考えるとまたとてもとてもとても哀しくて寂しくて、
どれだけ太陽が温かい日差しをこっちに向けていても寒気が止まらなくなって、
だからまたたくさんたくさんアルコールを身体にぶちこんでしまう。 

いつかまたすれ違って言葉を交わすことができれば、体温を感じることができれば、
そのために俺はこうやってあてどなく彷徨っている。
ここがどこなのかもわからないまま歩き続けて、考えるのは君のことばかりだ。
君は何を考えて、今はどこを歩いているだろう?
今にも倒れ込みそうな俺に初春の風は全く容赦なく吹き付ける。
もしも風と言葉が交わせたら、俺は何を話すだろう? 

やっぱり俺は君のことを話すと思う。
君がどれだけ美しかったか。
君がどれだけ尊かったか。
君がどれだけ悲しかったか。
君と一緒に過ごせた時間がどれほど、どれほど幸せだったか。
そして最後には風に言伝をお願いをするだろう。
どんな言葉を預けたかはもちろん、君以外の誰にも秘密だ。 

大丈夫、風が君を見つけられないんじゃないかなんて心配は全くしていない。
誰だって君のことはひと目見たらわかる。
だって全てのハッピーの中心に君はいるんだ。 

そう、全てのハッピーの中心に君はいる。
だから俺は実は適当に歩いているわけじゃない。
幸福というものの放つあの淡い香りを確実に嗅ぎ分けて、手繰り寄せて、進んでいる。
ルール違反かもしれないけれど、これくらいは許してほしい。
空虚。蒙昧。
そんな文字で頭をいっぱいにするくらいには俺は焦がれてしまっている。 

ああ、本当に俺は君に会いたいよ。 

そう、全てのハッピーの中心に君はいる。 

もうすぐ俺もそこに行く。