冥王星を取り戻せ

見える限りの遠くの向こう

やわらかい水色

今日も床は水浸しだ。

もともと水はけなんて考えてつくられてないんだから仕方ないってベテランの人たちは言うけど、仕方ないで済ませていいものじゃないと思う。
水の抵抗っていうのは思ったよりも大きくて、少し歩くだけでとても疲れるし、何より長靴をずっと履いていると足が蒸れてうんざりする。
でも今日は少し気分がいい。
何を隠そう今日の長靴は下ろしたてなのだ。
やわらかい水色。
色味のない作業服と合わせるとそりゃアンバランスだけど、職場、それも工場でトータルコーディネートなんて気にするだけ無駄だからよいのだ。

やわらかい水色。
わたしが一番好きだった空の色。
おねえちゃんがいつも歌ってくれた空の色。

ちょうどわたしの十四歳の誕生日に、世界から空がなくなった。
というのはもちろん比喩で、外に出て上を見ればそこはやっぱり空なんだけど、とにかく人類が空を失ったって発表があった。
いろんな国のその時の一番偉い人が同じ場所に集まって、とても悲しそうな顔で演説をしている様子が全世界で同時に放送された。
真夜中でもう寝ちゃってたからリアルタイムでは見なかったけど、その後ずいぶんと長いことどのチャンネルもその映像を繰り返し流したから、普段ニュースを見ないわたしでもうんざりするほど目にすることになった。
その時のわたしは今よりももっとぼんやりしていたから難しい説明はよくわからなかったし、学校で先生がひとりごとのように零した言葉の意味もいまいちピンと来なかった。
実は今でもよくわかっていない。
ただ、わたしが好きだったあの空の色はもう見られないんだ、ってことだけがわかって、少し悲しくって、でも涙は流れなかった。

それから四年とちょっとが経って、わたしは学校の推薦で近所の工場に就職した。
空がなくなっても人間の生活はそんなに変わらなかった。
相変わらず働いたり勉強したりしながらご飯を食べて眠っている。
わたしは高校で優等生とは言わないまでも問題児でもなかったので、すんなりと就職先が決まった。
もともとは機械の小さな部品をつくっていたらしいけど、空がなくなった少しあとからは雪をつくっているらしい。
らしい、という言い方になるのは、わたしが実際にここで雪を見たことがないからだ。
なんで雪をつくっているのかっていう理由も知らない。
興味がないと言えば嘘になるんだけど、なんとなく聞きにくい空気があったし、そもそもそういうことは最初に向こうから説明されるものだと思っていたからタイミングを逃したって理由も大きい。

とにかくわたしは雪をつくる工場で働いている。
もう半年になる。もうすぐで誕生日だ。十九歳。

次が十代最後の一年だと思うと少し真面目な気持ちになることもあるんだけど、あんまり実感が湧かなくてその真面目が続かない。
この調子でどんどん大人になっていくのかな、なんて考えながら今日もぼんやりと機械をいじっている。
半年も毎日同じことをしていると大体のことは頭をからっぽにしていてもこなせるようになる。
かと言って油断し過ぎると失敗して叱られるから、そこらへんのさじ加減が重要なのだ。
みんなそうだろうけど、叱られるのは嫌なものだ。
この職場はみんな良い人ばっかりだから、怒鳴られたり嫌味を言われたりするわけじゃないんだけど、いや、だからこそか、叱られるとかなりへこむ。
どうもわたしはわかりやすい人間らしく、へこんでいると周りのひとがとても気を使ってくれて、ますます申し訳なくなってしまう。
けど、そういうときにとなりのラインのおじさんがこっそりとくれるあめ玉は結構好きだ。
基本的に職場内での飲食は禁止なんだけど、この時だけはみんな見てみぬふりをしてくれる。
透き通った深い緑の色をしていて、口に入れるとほんのりと甘くて、そしてこれが一番大事なんだけど、とても素敵なお茶の香りが広がる。
紅茶ではないのだ。緑茶なのだ。
ギリギリとはいえ十代の女の子の好みとしては渋すぎるかなって我ながら思わないでもないけど、わたしはこのあめ玉が大好きだった。

色も、甘さも、香りも。みんなの見てみぬふりも。
全部やさしさだ。ちょっとだけルールを破ったやさしさ。

押し付けじゃないから甘さもちょうどいいのかもしれない。
わたしの思ういちばん良いやさしさをそのままかたちにしたみたいなあめ玉だと思う。
どこで売っているのか聞こうと思ったことは何度もあったけど、自分で買っちゃったらなんだかいろんなものが損なわれる気がして、未だに聞かないでいる。
そういうことは多分、たくさんある。

もう今となっては昔の話だけど、雪が空から降ってくるものだったころ、その結晶に同じかたちは二つとしてなかったらしい。
難しいことはやっぱりよくわからないけど、どうも、雪のもとになる氷のつぶがわたしたちのいる地上まで降りてくるときの条件が大事だそうだ。
その条件によって結晶のかたちが決まるんだけど、自然界では全く同じ条件なんて存在しないから、結果的に雪の結晶はどれもみんな違うかたちになるんだとか。
なんでこんな話をするかっていうと、わたしが担当しているラインがその結晶のかたちを決めるところだからだ。
かと言って、なにか図面みたいなものを渡されてそれを正確に再現する、みたいな作業ではない。
というか、それはとても難しいからできないと教えられた。
じゃあ何をするかっていうと、実は自分でも何をしているのかわかっていない。
渡されたよくわかんない紙に書かれたよくわかんない条件を教えられたとおりに機械に入力するだけ。
それだけ。
この作業にどんな意味があるのかなんて全くわからない。
入ったばかりの頃は誰かに質問してみようと思ったこともあったけど、そういうことを聞くのはなんだか失礼な気がしたし、多分だけど誰に聞いても答えなんて帰ってこない気もしたから、わからないままでいる。
というか、もしかしたらここで働いている人たちはみんなわたしと同じなんじゃないだろうかと思う。

だってそもそも、ここでつくられた雪はどこにもいかない。
どのラインでつくられた雪もみんな最後にはひとつのラインに集められて、そこを出たら溶けてしまう。

だからいつだってこの工場の床は水浸しだ。

さっきわたしはここで雪を見たことがないって言ったけど、これも正確にいうとわたしだけじゃなくてこの職場に居るみんなが同じだと思う。
温度管理だかなんだかで作業ラインは全部機械で覆われていて、雪は全部ずっとその機械の中を通っていくから、見ようと思っても見ることはできない。
わたしたちが見るのは溶けて消えてしまった雪の成れの果てだけ。
足元に溜まって歩くことを邪魔するこの水の高さだけがわたしたちが見ることのできるわたしたちの仕事の成果だ。
多分どこもこんな感じなんだろうなって思ってるんだけど、他の仕事をしたことがないからなんとも言えない。どうなんだろう。

もうなんとなく伝わってるだろうけど、だいたいわたしはずっとこんな感じでぼんやりしている。
自分のことも自分以外のことも、いろんなことをぼんやりさせたまま相変わらず働いたり遊んだりしながらご飯を食べて眠っていた。
気がつけばいつの間にか働き始めてから一年とちょっとが過ぎていて、もうすぐ十代が終わってしまうって焦り始めた頃に、突然天井が水色になった。
色彩による効果で集中力を高めるためとかなんとか、偉い人が朝礼で言っていた。
本当にそんな効果があるのかどうかわからないとみんなは言っていたし、わたしもそう思うけど、正直に言うと少し嬉しかった。
わたしが好きなあの色とは少し違うけれど、色合いが近いってだけで充分に好ましいものだ。
そういうものでしょ?

それに、下を見ると水色が水面に反射して、少し空に見えなくもない。
もうなくなってしまったあのなつかしいやわらかい水色。
そっくりそのままってわけじゃないし、偽ものと言ってしまえばそれまでだけど。
だけど、わたしたちは少しだけ取り戻したのだ。

あしもとに、空を。

おねえちゃんがいつも歌ってくれた曲の名前だ。

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