あるものこばみ

見える限りの遠くの向こう

蜜柑みっつ


突然の眠気に襲われたこの機を逃すまい、と22時前に眠剤を飲んだら狙い通りにすっと眠りに落ちて、そして期待を裏切る時間に起きて、寝直せずに深夜を超えて早朝だ。よくある話か。

よくある話といえばなぜ果物には特別な意味が付与されやすいのだろう。
眠れない早朝に小腹を満たすために食べている蜜柑みっつを見ながら不意に不思議に思う。なぜ?社会が豊かになり高嶺の花の座から降りてきてもやはりまだ非日常の佇まいを忘れてはいないからか。でもたとえば蜜柑なら昔から別にそんなに高級品じゃないはずだしこの仮説は全くもって的外れだろうな。などと考えながら蜜柑みっつが皮だけになる。

食べ終わってから、焼き蜜柑って一般的なのかしらん、とこれもまた不意に思う。
さいころ祖母がよく出してくれた、オーブンで焼いた熱々の蜜柑。素知らぬ顔で生活しているけれど、実は未だに自分の中で蜜柑といえばオーブンから焦げ目が付いて出てくるイメージの方が強い。祖母が老い、オーブンが壊れ、買い換えるほど頻繁に使わなくなり、そのうちに祖母が居なくなり、もうかれこれ何年食べてないだろう。焼き蜜柑。果たしてあの工程を経ることによっておいしさが増すのかどうかについて今となっては曖昧だけど、まあこういうのはそういうのじゃないですよね。って誰かに聞かれたら言おう。

なぜ果物には特別な意味が付与されがちなんだろう。一番有名なのは林檎か。この国なら檸檬もなかなか。西瓜、メロン。いちじく。蜜柑。蜜柑かあ。焼き蜜柑、久しぶりに食べたいなあ。